もう1カ月以上前の話になるが、3月9日に開かれた中国の議会である全人代で、共産党のナンバー2にあたる全人代常務委員長の呉邦国が「複数政党制や三権分立、二院制議会、司法の独立といった欧米型の政治体制は、中国には適さない。中国がこの制度を複製して使うことはない」「中国には、欧米型の体制より、共産党の一党体制の方が適している」「共産党の一党支配がないと、中国のような大きな国は分裂してしまう」「独立した裁判所が法律の正しさを決める司法体制は採らない。法律は共産党が決める」という趣旨の演説を行った。(呉邦国:不能用西方的法律体系来套中国的法律体系)(China 'will not have democracy')
この宣言は、以前から中国政府内から発せられていたものと同じ方向性である。しかし従来の中国は、これほどはっきりと自国の共産党独裁体制を公式に肯定し、欧米型の政治体制を否定することはなかった。欧米が1970年代に対中関係を改善して以来、中国は、自国に民主化や法制度の欧米化を要求する欧米に気兼ねして、中国はいずれ政治体制を欧米化(自由化)していくつもりがあると、欧米に思わせるような発言を繰り返してきた。
中国では1980年代から、農村での集落単位の行政を運営する自治組織や、都市の町内会に相当する自治組織の合議体については、住民による投票で議員を決める民主制度を採っており、この民主制度を、いずれ市町村や国家の政治にまで格上げしていく流れがあるかのように、中国政府は欧米に対して見せてきた。だが実際には、市町村以上に民主化が導入されることはなかった。目をつり上げて「民主化しろ」と言ってくる欧米に対し、中国は茶番を演じていた。今回の呉邦国の演説は、そうした演技はもう終わりだと宣言したものだ。
ニューヨークタイムスは、呉邦国の発言を、昨年末に民主化を要求する知識人の運動が起きたことに対する党内右派からの反撃であると書いている。だが私が見るところ、呉邦国の発言の背景は、国内政治ではなく国際政治の文脈でとらえるべきだ。従来、中国の政治に干渉してきた欧米(米英)勢力が、金融危機や中東の戦争によって自滅的に弱くなったので、もはや欧米に気兼ねする必要などない、中国のやりたいようにやらせてもらうという表明が、呉邦国発言であると思える。(In China, No Plans to Emulate West's Way)
▼中国がIMFで途上国の金融危機を救う?
中国は国内政治において欧米からの干渉を受けつけなくなると同時に、国際政治においても、世界を運営する権限を欧米から奪い始めている。国際金融危機の悪化が続き、各地の発展途上国や新興経済国の中には、財政破綻に瀕してIMFに救済資金を求める国が増えている。IMFは資金に余力がないため、最近のG20サミットでは、各国がIMFに資金提供する決議がなされた。しかし、先進諸国は自国経済の救済資金だけで手一杯で、IMFに十分な金を入れられない。
そんな中、中国は、ブラジルなどともに、IMFに新たな債券を発行させ、それを引き受けることでIMFに資金供給する政策を検討している。この政策の要点は、中国やブラジルが、IMFにおける自国の権限を拡大するのと交換に、資金供給することになっていることだ。これまで米英の支配下にあったIMFが、中国などBRIC諸国のものになり、中国などがIMFを通じて途上国を救済するという、全く新しい構図が出現している。現在進行中の国際金融危機が終わるころには、IMFの主導権は米英からBRICに移り、米英中心のG7も、BRICが幅を利かせるG20に取って代わられているかもしれない。(IMF Plans to Issue Bonds to Raise Funds for Lending Programs)
中国は、世界経済危機からの脱却に自国が協力する見返りに、自国や、自国が率いるBRICが主導権を握るようにする戦略を、各所で進めている。たとえば4月初めのG20サミットで、投機資金の温床であるタックスヘイブンを監視・規制する話が出たが、中国は賛成しなかった。英米仏は、規制をする主体を欧米日の先進国でつくるOECDが担当する案を出したからだった。中国などBRICはOECDに入っていない。中国は、タックスヘイブンの監視役は国連機関でなければならないといって反対し、仏サルコジ大統領を激怒させた(サルコジは通貨の多極化に肯定的なので、彼の激怒は工作員としての演技とも思える)。(Sarkozy in combative mood ahead of G20 on tax heaven)
タックスヘイブンやヘッジファンドは、これまでいくつもの通貨危機を起こした投機筋の資金源であり、中国が人民元の国際化をためらってきたのは、これらの投機筋による破壊を恐れていたからだ。その意味で、G20検討しているタックスヘイブンやヘッジファンドの監視を誰が担当するかは、人民元の将来に関係している。米英が主導するOECDが監視を担当すると、裏で中国に不利になる動きをやりかねない。中国の戦略は、IMFなど国連機関の主導権を、米英から奪って中国などBRICに移転し、そこがヘッジファンドやタックスヘイブンの監視をやり、その上で人民元を国際化することだろう。
呉邦国発言の直後、中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁が「ドルではなく、IMFのSDR(特別引出権)を国際基軸通貨にしていくのがよい」と発言したことも、この戦略との絡みで考えると納得がいく。この記事の冒頭で紹介した呉邦国発言は中国国内の政治体制について、そして同時期に発せられた周小川発言は国際経済体制について、欧米の影響力の終焉と中国の時代の到来を宣言するものとなっている。(基軸通貨でなくなるドル)
先日、各国の財務相が集まってIMFの会議を開いたが、IMFのあり方をめぐって激論になり、合意を出せなかった。このことからは、IMFを乗っ取ろうとする中国などBRIC・途上国側と、IMFを手放したくない米英・先進国側との主導権争いが続いていることが感じられる。(IMF undecided over global recovery strategy)
▼裏目に出そうなオバマのスマートパワー戦略
オバマ政権の米国は、軍事力ではなく外交力によって覇権を維持しようとする「スマートパワー」の方針を掲げ、これまで敵視してきたイランやキューバ、ベネズエラ、ミャンマーなどと和解する姿勢を見せている。先日にトリニダード・トバゴで開かれた南米諸国連合のサミットでは、オバマ大統領がベネズエラのチャベス大統領と握手して歓談した。ミャンマーには4月初め、米国務省の代表が7年ぶりに訪問し、関係改善を印象づけた。(China wary of US-Myanmar 'detente')
こうした米国の外交攻勢は、中国にとって脅威である。中国は、欧米主導の経済制裁を受けて困窮するミャンマーを救うかたちで、地下資源などミャンマーにおける経済利権を拡大し、中国製品を売る市場として重宝してきた。「米国の裏庭」といわれてきた中南米に対しても、ブッシュ時代の単独覇権主義によって反米感情が扇動されたことの漁夫の利を得るかたちで、中国は地下資源など利権を漁ってきた。再び米国が乗り出してくると、中国の利権が奪われかねない。(Deals Help China Expand Sway in Latin America)
数年前の中国なら、米国の覇権に対して畏怖と敬意を表し、米国が出てくる分だけ利権を手放す気になったかもしれない。しかし今の米国は、中国から見るとドルの崩壊が時間の問題となっており(だからG20サミットが必要になった)、以前のような絶対的な相手ではない。 しかも米国は、ミャンマーやキューバと和解する気になったといっても、まだ「人権」や「民主化」を問題にしており、ミャンマーやキューバの上層部からすると、米国の接近はありがた迷惑でもある。カストロやチャベスといった中南米の反米的な指導者は、米国が自国民の反米感情を煽ってくれたおかげで人気が上がった経緯があり、いまさら米国に接近されても、簡単に乗るわけにはいかない。米国の誘いに乗って和解すると、国内での人気が下がる。チャベスはオバマと握手した後、言い訳するように「確かに握手や談笑をした。だが、米国は今でも乱暴な帝国主義だ」と言っている。(Chavez: US empire still alive and kicking)
(オバマもチャベスとの握手を米国の右派から批判され、顧問のルービンに言い訳的なコラムを書いてもらった。チャベスはオバマと握手した際、中南米がいかに米国からひどい目に遭わされてきたかを書いた有名な歴史の本を贈呈し、オバマはすんなり受け取ってしまった)(Why Obama Shook Chavez's Hand)
ミャンマーやベネズエラが簡単に米国と和解するわけにはいかないとなると、その分だけ中国の利権は侵害されずにすむ。しかも中国は、今回の経験によって、米国がいずれ「人権」「民主化」を掲げずに、本気でミャンマーや中南米の利権を回収しに来るかもしれないと考え、その時に利権を取られないようにと、従来より真剣に、ミャンマーや中南米での利権保持に努力するようになる。オバマの「スマートパワー」の積極的外交戦略は裏目に出て、中国による覇権強化の動きを誘発しかねない(オバマの米国が多極主義なら、むしろそれが戦略とも考えられる)。
▼民主主義だから中国に揺すられる台湾
米国は中国自身に対しても、微妙に反米ナショナリズムを煽る行為を続けている。呉邦国が全人代で欧米型政治との決別を宣言する前日には、米海軍の探査船が海南島沖の中国の排他的経済水域に入ってきて、中国海軍側の船と敵対的な小競り合いを起こした。ブッシュ政権の初年度に起きた、海南島沖上空での米中空軍の衝突と、その後の中国ナショナリズム激憤の再演を思わせる事件だった。(China hits out at US `illegal' intrusion)
4月に入ると、米議会が「地球温暖化対策」を口実に、中国などから輸入した商品の中で、製造時の二酸化炭素の排出量が多いと思われる商品に対して高関税をかける法案を検討し始め、中国側は「WTO違反の保護主義だ」と批判した。(Chinese official warns US on protectionism)
こうした例を見ると、米国は依然として中国に威圧的に接しているようにも見えるが、その一つ一つを見ると効果的ではない。温暖化対策を口実にした保護主義は、崩壊しているWTOを中国などBRICが立て直し、米国の保護主義に有罪の烙印を押そうとする国際的な動きにつながる。
しかもその一方で、米国は重要な点で中国に対して大幅に譲歩している。その一つは台湾問題である。米政府はブッシュ政権下の昨年9月、台湾(中華民国)の建国記念日である双十節を前に、米国の政府要員が台湾の官僚と接触することを厳しく禁じる新政策を打ち出した。(State Department tightens curbs on official contacts)
その後、オバマ政権になって、米国はますます台湾に冷淡になる傾向で、近く台湾に対する大幅な政策転換を発表すると、台湾の政府筋が4月24日に指摘している。米国の対台湾政策の大幅な転換はこれまで、1979年の米中国交正常化の直後と、冷戦後の1994年に、いずれも米国の政策が中国寄りになる動きの中で行われている。今回の政策転換は、94年以来の大転換になると指摘されている。(US may launch Taiwan Policy Review)(Taiwan-US relations heading toward crisis: pundits)
(米国は20年ほど前から、台湾を見捨てて中国におもねる方向を、目立たない形でしだいに強めてきた。それは隠然と行われており、日本では専門家でもそれに気づいていない人が多い。気づかない人を専門家と呼ぶとも言える)(台湾を見捨てるアメリカ)
台湾は、親中国的な国民党と、反中国的な民進党との二大政党制になっており、今の与党は国民党だが、中国は国民党政権下の台湾と経済交流を盛んにやって台湾側を儲けさせ、国民党の人気を支えてやるとともに、民進党に秋波を送って党内を分裂させる策動をしている。中国側は、民進党前政権の副大統領(副総統)だった呂秀蓮を中国に招待し、呂秀蓮自身が訪中に対する態度を明確にしない中で、民進党内は呂秀蓮の訪中に賛成する勢力と反対する勢力が論争し、揺れている。台湾は、政治家の人気が何より大事な民主主義であるがゆえに、中国の謀略に簡単に振り回されてしまう。逆に、台湾側が独裁の中国を振り回すのは難しい。民主主義万歳である。(Beijing's Taiwan Gambit)(China, Taiwan Pledge to Deepen Economic Ties)