「東海(東シナ海)のガス田問題については、中国政府の政策に賛成する書き込みだけを掲載し、批判はもちろん、中立的な書き込みも削除するように」
6月中旬、日中両国がガス田の共同開発で合意したという報道が中国国内で流れた直後、あるニュースサイト管理者のもとに、地元政府から指示が来た。インターネットの掲示板から、特定の書き込みを削除しろ、というものだ。
指示は電話やメールなどで日に何度も来る。指示を出すのはメディアを管理する中央・地方政府の新聞弁公室や共産党宣伝部だ。
「台湾の『総統選』については国営新華社通信の報道以外は掲載禁止」「四川大地震の倒壊校舎の手抜き工事問題について、掲示板で議論させてはならない」
削除した書き込みは60日以上保存し、書き込んだ人物の、ネット上の住所にあたる「IPアドレス」のリストの提出も求められる。報告は以前は月1回だったが、最近週1回になった。
管理者は「五輪が近づくにつれて引き締めが強くなり、ここ10年で最も厳しい」と嘆く。
06年4月、海南省の外資系製薬会社に勤める30代の男性が、商業信用損害容疑で突然逮捕された。
弁護士によると、男性は勤め先のパソコンで、別の製薬会社と国家食品薬品監督管理局の新薬認可をめぐる癒着に触れた記事をたまたま見つけ、薬品専門サイトの掲示板に匿名で転載した。1カ月後、勤め先に警官が現れた。IPアドレスから突き止められたことは明らかだった。07年1月、監督管理局の局長が突然解任され、巨額の収賄罪で死刑判決を受けた。検察側は「変化が生じた」と男性の起訴を取り消した。
だが男性は勤め先を解雇され、地元に住めなくなった。関係者は「記事の転載だけで9カ月も拘束された。ネット利用者を威嚇するには十分だ」と指摘する。
中国のネット管理は、世界でも例を見ない厳しさだ。「国家の安全」を理由に関連法を次々と整備し、当局に批判的な一部サイトへのアクセスを遮断する。
最近は、自らネットでの世論誘導に乗り出した。
広東省深セン(センは土偏に川)市の政府機関に勤める30代の男性職員は毎日帰宅後、食事前に掲示板に書き込むことが「裏業務」となっている。
「歴史的な大雨だから被害の拡大は仕方ない」「大災害のときこそ市民が団結すべきだ」
5月末から中国南部を襲った大雨で深センでも洪水が発生。ネットで「政府の無策が被害を広げた」といった批判が相次いでいた。
彼らは「ネット民兵隊」「ネット評論員」などと呼ばれる。多くは党・政府職員や記者たち。書き込みの際は(1)一つのマイナス情報に対して最低三つ書く(2)同じユーザー名は使わず文体も変える(3)職場のパソコンは使わない、などと定められているという。男性職員は「ネットの意見は過激になりがち。我々は極端な思考と社会の不安定化を防いでいる」と話す。
評論員を務める新聞社の30代の編集者は「書き込みをした後、心が痛む」と漏らす。昨年、広東省の水力発電所の工事現場で賃金未払いに抗議した出稼ぎ労働者300人が、工事の発注会社に雇われたとみられる暴徒に襲われる事件が起きた。1人が死亡。労働者に同情する意見がネットにあふれた。その時、党宣伝部から電話で指示が来た。男性は「政府が公正な処理をすることを信じる」など約10本の書き込みをした。「ネット評論員の意見ばかり並ぶこともある。それが世論を正しく誘導したことになるのか」
ネット評論員のことを、一般ユーザーは「5毛」と呼ぶ。5毛は1元の半分で約8円。「わずかな報酬をもらい、自説を曲げて書き込みする連中」という意味だ。
◆覚悟の報道・発言も
中国当局がインターネット規制に躍起になるのは、新聞やテレビが当局の管理下にある中、ネットがこれまでの中国にはない自由な言論空間を生み出したからだ。
「デモ参加者は500人に増えた」「警察が解散するよう呼びかけているが、効果はない」「『言論の自由がない』という意思表示のマスク姿の参加者も多い」
5月4日、四川省成都で化学工場建設に抗議するデモが起きた。地元メディアが報道を控えるなか、あるブログがデモの様子を刻々と伝えた。発信者は広東省広州市在住の温雲超さん(36)。地元テレビ局の元記者で、飲食店を経営する。デモの様子は、現場にいた情報提供者3人が携帯メールで送ったものだ。
2月には、ユーザーが各地の社会問題を報告するサイト「公民報道」を立ち上げた。
温さんは言う。「警察に踏み込まれるのも覚悟している。だが、当局に不都合な情報でも数秒間掲載すれば無数に転載される。言論の空間は確実に広がっている」
チベット騒乱直後の3月20日、名門・清華大を卒業したばかりのIT企業社長、饒謹さん(23)は欧米メディアの報道の誤りをただすサイト「AntiCNN(反CNN)」を開いた。
「ラサで中国当局がチベット人を取り締まっている」とする米紙の写真記事が、実はネパール人兵士がカトマンズでデモを取り締まる場面だった。「なんていい加減なんだ」。知り合いの海外留学生らに呼びかけてサイトを作った。
今では留学生ら約300人が各国から中国に関する「問題報道」を報告。約2千の記事や写真、動画の誤りを指摘する。
反響は大きかった。通算2千万人がアクセスし、1億ページビューを超えた。CNNやBBCなどの北京支局には抗議の電話やFAXが殺到。国内メディアは饒さんのサイトを大々的に取り上げた。饒さんは「思いつきで始めたことが、こんなに影響を与えるなんて。ネットが一国の世論を動かせる時代になった」。その「世論」が当局に歓迎されたのは間違いない。
6月20日、胡錦濤(フーチンタオ)国家主席が人民日報系サイトの掲示板に初めて登場した。「みなさんの意見に関心を持ってます」。数分間だったが、利用者と交流し、ネット重視の姿勢を印象づけた。中国青年報が30日に報じたアンケートでは、72%が「ネットは中国流民主建設の新たな手段」と答えている。
工業情報省によると、ネット利用者は2月に約2億2100万人となり、米国を抜いて世界一に。ブログも1700万に達した。無限に広がる電脳空間の中で、「世論」の陣取り合戦が続く。だが、その行方はまだ誰にも見通せない。(西村大輔、峯村健司)
http://www2.asahi.com/olympic2008/column/TKY200807260155.html<朝日新闻>
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